東北復興支援+災害遺構見学を無事に終えました。

           女川町「ゆめハウス」
           女川町「ゆめハウス」

 座間市社会福祉協議会とざま災害ボランティアネットワークとの共催事業の「東北スタディーツアー」が、今年も8月6日から9日にかけて行われました。

あの災害から4年と5か月の歳月が流れました。

 2015年8月の東北ツアー+ボランティア活動の企画を募集しました。残念ながら参加者の応募は急激に少なくなってしまいました。残念です。それでも3年間継続参加組の方や2年続けての参加した方、小学校の現役の先生の参加もありました。ざま災害ボランティアネットワークも新しいメンバーが入ったこともあり希望する方には参加枠を広げました。結果、18名のメンバーで実施することにしました。

 8月6日の夜、座間を出たバスは、途中、菅生のSAで時間調整をして、7日朝8時に、石巻市の日和山公園につきました。この高台での3月11日の出来事を、災害後、石巻に通い続けているざま災害ボランティアネットワークのIさんから話していただきました。その後、女川町に入り東北地方で一番早い復興が行われている女川町の姿を見学しました。

 今年は、2011年秋ごろからざま災害ボランティアネットワークがお手伝いをさせていただいています、女川町の「ゆめハウス」で作業ボランティアを通じて、この地で明日に希望をもって活動しているある女性の生き方を見てもらい「なぜ、生きるのか」ということを考える企画を入れました。女性チームは、作業所でのお手伝い、男性チームはイチジク畑の除草作業をしました。また、私たちが、最初に入って開墾した場所を改めて見学して、様々な支援者の方々の力が集まると、こんなにも素晴らしい畑が出来上がるのだということを実感してきました。

 午後3時、お暇してバスは一路、大川小学校の災害遺構を訪問して慰霊碑にお参りをしました。あの日、ここで起きたことを私から参加者の皆さんに説明をさせていただきました。この場所は、私たち災害ボランティアの活動の力の原点の一つになっています。「大人の判断ミスで、子供たちの「いのち」を奪ってしまった」という事実を見つめて、目を離さずに活動に生かしてゆくことを改めて誓いました。

途中、南三陸町の防災庁舎に立ち寄りお参りをしてきましたが、周辺のかさ上げ工事が進むにつれて庁舎の高さが低くなるような気がしました。25年間は保存されることが決まったようですがそのような形で保存されるのかを見つめてゆきたいと思います。

 翌日は、気仙沼のホテルを出て、陸前高田市の「奇跡の一本松」周辺の復興工事現場を見学しました。土曜日ということで土を運ぶコンベアーの音は聞こえず静かでしたが、ダンプカーが次々と埃を舞い上げて走ってゆきました。まだまだ、復興は先のような感じがしました。その後、50号線をたどって、釜石市へと向かいました。

 街の復興が進んだ釜石市での「釜石よいさ」のお祭りの裏方作業ボランティアへ参加させていただき、市民の方々が思う存分お祭りを楽しむことができるお手伝いをさせていただきました。暑い夜の活動でしたが、メンバー全員がそれぞれの持ち場で裏方として活動しました。

祭りが終わったのが20時30分。それから後片付けをして、バスに戻り一路、奥州市水沢まで移動。ホテル着23時20分という強行スケジュールをしました。

 最終日の8月9日は、水沢市のホテルを出て一路、南相馬市原ノ町へ向かいました。原ノ町生涯学習センターで西浦さんと再会し、再び小高地区の案内をしていただきました。今回は、放射線量計を持参して経路ごとに線量の数値の変化を見ることをしました。原発に近づくにつれて線量計の数値は高くなりました。その数値は、長期間同じ場所にいなければ問題ないといわれている低線量ですが、茂みの中や、除染廃棄物の袋に近づけると跳ね上がりました。

昨年訪れた小高地区の津波被災家屋は誰もいないままに建物の崩壊が進んでいました。夏草だけが異様に高く生えて、人が近寄るのを遮るような状態でした。そのような屋並みの周囲には耕作できなくなった水田には草や木までが生え始めていました。一度塩水をかぶった水田を再開するためには膨大な費用と時間を必要としています。

参加者全員、言葉なくただただ景色を見つめるだけでした。戻る途中、西浦さんがJR常磐線小高駅に連れて行ってくださいました。常磐線は、この区間はあの日から電車は走っていません。線路は赤くさびて、駅舎も色あせていました。もちろん人の姿は私たちだけでした。西浦さんが、自転車置き場にを見ると、そこには、あの日の朝、登校や通勤のために使った自転車がそのまま整然と並んでいました。当然ながら、タイヤの空気は漏れてしぼんでいました。リムは赤くさびて、サドルはボコボコになっているものもありました。

 こうして一行は、かなり強行軍なスケジュールをこなして20時過ぎに、出発地の座間市社会福祉協議会の前に戻ってきました。

 帰りの車内では恒例のボランティア活動の感想発表をしてもらいました。これについては別に整理して後刻、書かせていただこうと思います。

 無事に怪我なく全員が戻ってこられたのは、社協職員の方々と優秀な2人のバスの運転手さんのおかげだと思います。ありがとうございました。皆さんも復興はまだ終わっていないことを周囲の方へ伝えてください。そして、今回の学びを、座間市の災害をイメージして生き残ることに役に立ててください。お疲れ様でした。