[災害時助け合いセミナー]を支援しました

11日災害食体験ブース前で撮影
11日災害食体験ブース前で撮影

 平成28年度 座間市社会福祉協議会主催の「市民のための福祉講座」の一つが、12月10日、11日の両日にわたって「災害時助け合いセミナー」として行われました。

ざま災害ボランティアネットワーク(ZSVN)は社協からの依頼を受けて講座の企画・運営を担当させていただきました。

 

 今年度は、セミナーの焦点を災害時の「向こう三軒両隣」の助け合いというところに絞って、もし、座間市に大規模な災害が起こった時に誰が、何を、どうやって助け合ったらよいのだろうかを市民の方々へ伝え、共感をいただき市民の方に参加してもらおうというセミナーにしました。

 

 10日は、市民の方が10名とZSVN会員で災害救援ボランティアセンターの研修を受けていない人(5名)も一緒に受講させていただきました。

災害の時に、どのようにして人と人とが助けあうのかを考える前に、災害時に「いのち」を守るためにはどうするかの視点を、座間市とZSVNが共に取り組んでいる「シェイクアウト訓練」の重要性を話をしました。

 そして、うまく「生き残れた」後に、私たちはどうやって「生き延びる」のか? 災害をイメージして私たちが生き延びるためには何をどうしたらよいのかというワークショップを行いました。

災害が起きると当然ながら、被災される方が出てきます。特に、地震災害の場合には予報がないままに突然、地面が大揺れして被害が出ることになります。

普段から、減災の取り組みをされている家では被害が少ないかもしれません。しかし、何も対策を講じていない家では多くの被害が出るかもしれません。

 被害が出ると誰が助けてくれるのだろうか?という素朴な問いかけをしました。

多くの方は戸惑った顔をされていました。口には出しませんでしたが消防隊員、警察官、市職員、自衛隊員などを思い浮かべたのだと思います。

しかし、大規模災害の時、自然の破壊力の前ではこれらの「公」の力は、あまりにも無力だったことは「東日本大震災」などを見てご存知だったと思います。

それ以前の、都市災害の代表とされている「阪神淡路」の災害でも、初動期の救出者の約8割は近隣の人々の力で行われたことは良く知られています。

その教訓を生かして、様々な研究や、解決に向けての組織づくり、個々の力の向上を図ってきました。それでも、東日本大震災、熊本地震のような「想定外」の事柄が続くとどうにもならないことが見えてきました。

 

 では私たちの祖先はどうやって生き延びてきたのだろうか? 何もない中を生をつないできた力は、「ご近所のつながり」だったと考えるのです。それを、昔は「結(ゆい)」と呼んでいました。

 ワークショップを通じて行き着いたところは、「自助(自分の備えと力で生き抜く)」と、「向こう三軒両隣のつながりで生き延びる(隣助)」こそが初動期を乗り越える力になると考えました。

向こう三軒の関係が、一軒ずれれば向こう三軒両隣も一軒ずつ広がってゆく・・・その結果が、行政の指し示す「共助」になるのだということになりました。

最初から、「共助」はできないと思います。私たちは、「隣助」を地道に広めることが大切だということになりました。

 

 さらに、ワークショップの結果、参加者が漠然として、発災後から72時間の自分が取るだろうという漠然とした行動を行動を集め、話し合い、まとめた「行動の塊」➡「表札」に書かれた「思いや気づき」は、発災後の生活の中に流れる「時間軸」の中で「重要性」と「緊急性」の秤を使って、その場に応じて強弱をつけて課題に向かい合って「手を打つ」ことが大切なことであるということを確認しあえました。

私たちが初動期にできることは、「両手を伸ばして」お互いが手を取り合える範囲であるということを理解していただければ目的は達することができたと思います。

 

 セミナーの中で私は「公助」について話をさせていただきましたが、私の見解についてはじめは、皆さんは驚いた顔をされていましたが最後は理解していただけたようです。具体的な数値を示して自分の身の回りを見つめて考えればわかってくれることなのですね。

災害救援ボランティアセンターとは、「公助」が行き届かない中で「生き延びる」力を手に入れる場所であるということで10日の講座は終わりにしました。

 

 11日は、市内の座間総合高校のバスケットボール部の部員が顧問の先生の引率で参加してくださいました。この学校とは、サマーボランティアスクールの活動でも一緒に取り組む関係です。受講者は一気に30名になりました。(ちなみに、サマボラの受講者の中から、29年度の座間市消防職員が誕生する予定だそうです。)

 

 最初は、災害食の体験をしました。災害時には水が不足すること、衛生状況が悪化すること、体力も落ちることなどから何よりも手指の消毒に注意することを説明しました。

災害食=「アルファー米」という刷り込みが出来上がっていて、災害になると行政が「アルファー米」を配給してくれるのではないかという誤解があります。

そのようなことはありません。行政は各市町の「地域防災計画」の中で・・最低3日分、できれば1週間分の食料を備蓄することを「市民の責務」として示しています。

そのような中で「食べる」ことをどうやって確保してゆくかについて、家庭で毎日食べている「米」を「非常用炊出袋」で炊飯する体験をしました。(時間の関係でコメの計量と水の計量+空気抜きまで、炊飯はZSVNのメンバーが実施)

 

 教室に戻り、「災害救援ボランティア」ってどんなものなの・・について社協の地域班のK班長の自らの体験をもとにした話をしてもらいました。さらに、同じ地域班で勤務しているKさんが災害救援活動時に使う個人装備について展示・解説がありました。

基本は「安全であること」なのです。災害ボランティアがけがをしてしまったら何もなりません。ボランティア活動の基本は、①無事に現地に到着する、②何事もなく要望された作業を安全に行う、③無事に自宅へ戻る…ということの大切さを体験談を通じて解説してくれました。このことは、市内で活動するときでも同じなのです。

 

 11時30分から、朝仕込んだ災害食を使った災害食の配食についての学習を行いました。

ごはんとは別に、「非常用炊出袋」を使ってスープスパゲティーを作りました。パスタ類はコメと異なり短時間で調理が可能です。また、ゆで汁までも無駄なく使えます。目の前で、あっという間にトマトスープスパゲティーが完成しました。(詳細はマル秘です)

 

次いで、出来上がったスープやご飯をどのようにして配食して食べるかについても学習しました。食器を洗うこともできません。そのような中で食べ物を容器に盛り付けるには・・・学びましたね。

ご飯は、同じく手を洗う水もない中でどうやって食事をするか・・・ふりかけおにぎり(お結び)にしました。これもみんな知恵の中から生み出された技なのです。災害食にはお替りはないことも学びました。あるだけで終わりです。

高校生は旺盛な食欲で、持参した弁当も平らげていました。

 

 13時から、いよいよ災害救援ボランティアセンターの体験が始まりました。

社協のボラセンの担当職員のY君が指揮を執って、災害救援ボランティアセンターの配置を決めて会場を作りました。

受講者を2グループに分けて、災害救援ボランティアセンターに到着してからの手続き、求人票への応募方法、派遣にあたっての安全確認、使用機材の借り方を経て派遣先へ出発して行きました。(実際には、派遣先活動の体験はありません)そして、活動が終わって災害救援ボランティアセンターへ帰着してからの手順を体験しました。

このように、受講者は災害の時の救援・支援活動者としての学習を終えました。

 

 15時10分からまとめを行いました。2日間で学んだことをぜひ平時の生活の中で生かしてほしいことのお願いをしました。災害時には、大なり小なり、皆が被災者になるということに立って、すべてを考えなければならないことが大切であること。助けて情報は災害救援ボランティアセンターに出すこと(リクエスト)。助けて情報がなければ災害救援ボランティアセンターの役に立たないこと。

 残念ながら、発災から数日間は、行政は市民個々人への支援ができないことを理解して、災害ボランティアが、その隙間を埋める活動をしなければならないこと。活動にあたっては必ず「ボランティア活動保険(天災型)」に加入し加入証を持って活動すること。この活動は、時には「不公平」な活動になることがあること。それらを全て包含して活動する「場」が「災害救援ボランティアセンター」であることを話し終わりにしました。

 

2日間にわたってのセミナーへの受講ありがとうございました。

なお、平成29年1月23日(月)午後、シェイクアウト・プラス1訓練の一環として、「災害救援ボランティアセンター開設・運営訓練」が行われます。ぜひ、その時に参加してほしいことをお願いして解散しました。